MENU

15

中三の息子がオーストラリアに1人で旅立って行った。

バイロンベイに移住した知り合いの家に2週間程ホームステイさせてもらう予定で、近くの英会話学校にも通うのだそうだ.うらやましいかぎりだ。
お盆の渋滞を見越して早めに家を出発したのだが、高速道路は拍子抜けするほどの交通量の少なさで出発時間の4時間以上も前に空港に着いてしまい、ずいぶんと時間を持て余してしまった。
両替して、旅行保険に入って、チェックインする。
だらだらと買い物をしてもまだまだ時間が余っている。
ソファーに腰掛けだらだら本を読み、スタバに移ってコーヒーをだらだら堪能しているとようやく、良い頃合いの時間になったので、出国審査場に向かう事にした。

さすがにお盆だけあって長い列ができている。
僕が入れるのはここまでだ。

ハイタッチをして別れる。

手荷物検査のレーンの前に列をゆっくり進む息子の後ろ姿を柵のこちらから見送る。が、本人は全くこちらを振り返ろうともしない。人影に隠れてだんだん見えなくなる姿を見守る。背伸びをして姿を探す。

突如、その後ろ姿を遮るがごとく、テンガロンハットにリュックサックを背負った短パンビーサン白人中年男性がこちらを振り返った。
じっと僕を見つめて来る。
そしておもむろに右手の指先を口元の添えると

投げキッス!
もう一度 投げキッス!

………

間をおいて、僕の目の前の小柄な女性も控えめに名残惜しそうなキッスを投げ返した。
白人中年男性が振り返る度に、目が合わない様に視線をはずす。
投げキッス。 投げキッス さらに 投げキッス
流れ弾があたってない事を祈りたい。

そんなこんなしてる間に、息子はチェックを終えた荷物を受け取ると、無茶苦茶あっさりこちらを一瞬振り向くと、すたすたと壁の向こうに消えていってしまった。

その事を実家の母親に電話で話したら 親の子だね と言われた。

30年近く前の中三の春、自然保護区でボランティアとして2週間程働くという仕事をみつけた僕は、夜行列車で北海道に旅立つことにした。予告無しで上野駅に見送りに来た仕事帰りの父親に向かい、たしか僕は
何しに来たの
と一言だけ言ったのだった。

時は流れるのだねえ

あの時、見送る父親に 投げキッスでもすればよかったか。
想像するだにおぞましいが。

オーストラリアに着いて3日になるはずの息子からは、今の所何の連絡もない。

目次
閉じる