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再会

洗濯ものが増えるから2枚以上の上着は着るなと妻に言い渡されている僕にはつらい季節になってきた。東京の山奥から引っ越して来た時には、逗子はなんて冬でも温暖なのだろうと感激したものだが、人間は好むと好まないに関わらず環境に順応する動物のようで、41回目の冬も例年と同じく寒いみたいだ。

そんな寒さの間隙をぬって、先日原宿のZAKKAで行われた 小野哲平 陶芸展に行って来た。
小野哲平と言う名前と久しぶりに出会ったのは、ちょうど夏前のZAKKAだった。今後のZAKKAでの展示会の予定表を何の気なしに見ていた僕は、一人の名前で目が止まった。小野……哲平…. 聞いたことがある名前… ずっと昔のこと
う~ん…..

…..思い出した ポカラ! 大学を卒業してすぐに行ったネパール旅行。カトマンズからポカラに行くバスで乗り合わせた家族連れの旦那さんだ。なんだか気があってポカラでも同じゲストハウスの隣同士の部屋に泊まり、何日か一緒に過ごしたっけ。たしか常滑で陶器を焼いているって言っていた。
東京で展示会するんだ 11月か、 携帯のスケジュール表に書き込みアラームを設定。

時は流れて4ヶ月後、どうやら小野哲平さんは初日しか、いないようなので、無理矢理時間に都合をつけて、夕方会場に向かった。僕の頭の中には18年前の哲平さんしかいないのでいささか自信がなかったのだけれど、すぐにわかった。入り口で椅子に座って談笑している男性に話しかける。

“小野さんですよね。”
いぶかしげに見上げた瞳が記憶を探っている。
“前にお会いしたことがあるんですけど”
“…….日本であったのではないよね。 インド?……いやネパールだ。”
あたり!

近況を話し合う。洋服や鞄を扱う仕事をしているというと、 えっカレー屋じゃないの?! とびっくりするのに、こちらがびっくり。そうだ、あのころ僕は友人たちと、高尾でカレー屋をする計画をたてていて、その修行のためにネパールとインドに来ていたのだった。結局インドにいる間に心変わりした僕は参加しなかったのだけど。小野さんのあの時小学校前だった息子さんももう立派な社会人だそうだ。なんてこった。
ひとしきりしゃべった後、小野さんの作品をみせてもらう。数年前に作ったという薪釜で焼いたという作品は、どれもシンプルな形なのだけれど土の力がいやがおうにでも感じられ力強い。実際購入したお茶碗でご飯を食べると、ごつごつしたてざわり、小さな土の粒子が手のひらを刺激して自然の恵であるご飯を引き立てるのに新鮮に驚いた。

なんだ,単純でいいんだ。東京を離れ逗子という土地で商売をし、随分と気ままに自分のペースで仕事をして来たつもりだったけど、なんだか随分とまだ力が入っていたみたいだ。無理してやれないことまでやろうとした自分に気づいた。そうだ自分のやれることをしよう。しまいには,最近悩んでいるテニスのフォアハンドの打ち方まで思いが及び、手首の角度がどうのとか、肩の位置がどうのとかではなく、自分の体の力をシンプルに球に伝えればいいのだね、と生悟り。椀一つでここまで思いを馳せさせるなんて芸術家のすごさを感じた。

シンプルライフ。すべての事象を受け入れよう。笑いたい時に腹を抱えて笑い、泣きたい時にはウオンウオン泣いて、作りたいものを作る。夏は暑い、エアコンなんていらないよ。冬は寒い、石油ストーブなんておさらばだ。しかし妻よ。今日のような凍える日には、もう一枚だけ服を着させてもらえないだろうか?

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