真夜中のコインパーキングに車を取りに行くと、僕のゴルフの先に懐かしい車が停まっていた。
黒のフィアット ムルティプラ。
前3席後3席の6人乗り。ナポレオンフィシュのような独特のフォルムが大好きで、まだ小さかった子供達を乗せてあちこちに行った。運転中にシフトレバーが外れる(もう一回させば大丈夫)、ダッシュボードの塗装が溶け出してベトベトする(触らなければ大丈夫)、いろいろ問題はあったけれど、それも含めて大好きだったムルティプラ。
次の車検を通すのに八十万円かかる、それでもまたすぐどこか壊れるかもしれないね。なくなく手放すことを決めた十年目の冬。中古車のオークションに出してもらったりもしたが引き取り手は見つからず、泣く泣く手放したドナドナの夕暮れ。
もう二度と会うことがないと思っていたムルティプラが深夜の駐車場で僕を待っている。いやいやそんな筈はない。たまたま同じ色の車じゃないか。思わず駆け寄って確かめる。ハッチバックのへこみ、バンパーの汚れ、ボディの3つ並んだ傷、間違いない僕のムルティプラ。廃車になったはずのムルティプラ。ドアのくぼみをそっと撫ぜる。なんだかボディも磨かれて、車内も整頓されていて、僕と一緒にいたころよりもずっと綺麗だ。幸せなんだね。
少し離れてゴルフが静かに僕を待っている。こんなに広いコインパーキングなのに停まっているのはムルティプラとゴルフの2台だけ。
「いやそうじゃないんだ。君のことは今でも好きだ。どうしようもなかったんだ。あの時はこうするしかなかったんだ」
街灯が僕らを照らしている。
ごめん、もう行かなくちゃ。
真夜中の駐車場に残されたムルティプラがバックミラーの中で小さくなって行く。
さようなら。
僕を乗せて銀色のゴルフは我が家へと夜の街を走る。
それから黒のムルティプラを街で見かけたことはない。